債権回収と担保権|集合動産譲渡担保権と動産売買先取特権の優劣
債権の支払いが滞った場合に備えるためには、契約時に担保権の設定を受けることが有効な手段となります。
特に商品や原材料など、事業用の納品物に関する売掛金債権の回収に関して、活用されることの多い担保権が「集合動産譲渡担保権」と「動産売買先取特権」の2つです。
いずれもやや応用的な担保権であり、馴染みのない方も多いかと思いますが、事業主の方であればぜひとも知っておいた方がよい概念になります。
「集合動産譲渡担保権」と「動産売買先取特権」は競合するケースもあるので、優劣等に関して法律上どのような取り扱いになっているのかを、できる限り正確に理解しておきましょう。
この記事では、担保権の基本に関する知識を紹介したうえで、「集合動産譲渡担保権」と「動産売買先取特権」の概要や優劣について解説します。
1.担保権とは?
まずは、そもそも「担保権」とは何なのか、どのような種類があるのかについて、基本的な知識を押さえておきましょう。
(1) 債権回収における担保権の役割
「担保権」とは、物について発生し、または設定される、特定の債権(被担保債権)に関して優先弁済を受けられる権利を意味します。
たとえば、金融機関が個人に対して住宅ローンを貸し付けたとしましょう。
その際、購入する住宅には、担保権の一つである「抵当権」が設定されます。
もし住宅ローンの支払いが滞った場合、金融機関は最終的に、抵当権に基づいて住宅の土地・建物を競売にかけることができます。
そして得られた競売代金を、住宅ローン債権の弁済へと優先的に充当できるのです。
仮に抵当権が設定されておらず、債務不履行の末に利用者が破産してしまうと、債権者の金融機関は、他の債権者と同順位で債権への配当を受けられるにとどまります。
この場合、住宅ローン債権はほとんど回収できない可能性があります。
これに対して、住宅の土地・建物に抵当権を設定しておけば、競売代金を優先的に住宅ローン債権の弁済へ充てられるため、債権の大部分を回収できることが期待されます。
このように、優先弁済効によって債権回収の確実性を高めることが、債権回収における担保権(物的担保)の大きな役割です。
[参考記事] 物的担保をわかりやすく解説|債権回収で有用な理由(2) 主な担保権の種類
担保権にはさまざまな種類があり、「法定担保物権」と「約定担保物権」の2つに大別されます。
①法定担保物権
一定の要件を満たせば、法律上当然に発生・成立する担保権です。法定担保物権には、「留置権」と「先取特権」の2つがあります。
(a)留置権(民法295条)
他人の物を占有する者が、その物に関して生じた債権を有する場合に、当該債権の弁済を受けるまで、その物を手元に置いておく(留置する)ことができる権利です。(b)先取特権(民法303条)
対象物の換価代金から優先弁済を受けられる権利です。
債務者の総財産について発生する「一般の先取特権」と、特定の財産に対してのみ発生する「特別の先取特権」があります。
②約定担保物権
契約などの設定行為によって成立する担保権です。民法に規定される「質権」「抵当権」のほか、「譲渡担保権」「所有権留保」(判例実務の中で確立)などが認められています。
なお約定担保物権の場合、いずれも設定契約の内容により、特定の債権のみを担保する「普通担保」と、不特定の債権を一括して担保する「根担保」の2種類に分類されます。
(c)質権(民法342条)
設定者(債務者または第三者)から引渡しを受けた物について、換価代金から優先弁済を受けられる権利です。(d)抵当権(民法369条)
目的物の占有を移転せずに設定できる担保権で、質権などと同様に、換価代金から優先弁済を受けられます。
抵当権の対象は、不動産・地上権・永小作権のみです。(e)譲渡担保権
実質的に担保権を設定する目的で、設定者から債権者に対して特定の物の所有権が移転された場合に、債権者が取得する権利を意味します。
「所有権が移転されているように見えるものの、担保権が設定されただけ(完全に所有権が移転したわけではない)」という点が、譲渡担保権のポイントとなります。
抵当権とは異なり、不動産・地上権・永小作権以外の物についても設定できます。また、質権については占有改定による設定が認められていませんが、譲渡担保権は占有改定により設定することも可能です。そのため、動産について占有改定の方法により担保権を設定することを目的として、譲渡担保権がしばしば用いられています。
なお譲渡担保権は、民法には規定されておらず、判例実務上確立された約定担保物権です。(f)所有権留保
債務を完済するまで、債権者に目的物の所有権を残しておくことが合意された場合に、債権者が有する権利を意味します。
自動車をローン購入する場合において、車自体に担保権を設定する際に、所有権留保が一般的に用いられています。
所有権留保についても、譲渡担保権と同じく、債権者に形式的に所有権があるものの、実質的に債権者は担保権しか有しない点がポイントです。また所有権留保も、譲渡担保権と同様に、民法には規定されておらず、判例実務の中で確立された約定担保物権となります。
なお、債権者が債務者に対して反対債務を負っている場合には、債権者は「相殺」(民法505条)により、反対債務を実質的な担保として債権回収を図ることができます。
つまり、債務者が債務の支払いを怠った場合、不履行となった債権と、債権者が負っている反対債務を対当額で打ち消し合うことができるのです。
このような「相殺」には、担保権の実行に類似した効果を得られるという意味で「担保的機能」があるとされています。
[参考記事] 民法の「相殺」とは?相殺の要件・効果と相殺できない債権2.集合動産譲渡担保権と動産売買先取特権について
商品や原材料など、事業用の納品物に関する売掛金債権に関してよく問題になる2つの担保権が、「集合動産譲渡担保権」と「動産売買先取特権」です。
同じ物について、これら両方の担保権が発生するケースもあるため、事業者の方は、両者の優劣関係について理解しておく必要があります。
(1) 「集合動産譲渡担保権」とは?
「集合動産譲渡担保権」とは、保管場所などの範囲を区切り、その範囲内に存在する特定の種類の動産すべてを対象として、契約等によって設定される譲渡担保権です。
たとえば「倉庫Aの中にある商品Xすべて」などと目的物の範囲を特定して、集合動産譲渡担保権が設定されることになります。
この場合、仕入れや出荷などにより、倉庫Aの中にある商品Xには入れ替わりが発生しますが、あくまでも(その時点で)倉庫Aの中にある商品Xのみが、集合動産譲渡担保権の対象です。
[参考記事] 集合動産譲渡担保権とは?概要・設定方法・対抗要件具備・担保実行(2) 「動産売買先取特権」とは?
「動産売買先取特権」とは、動産の売買代金を被担保債権として、目的物の動産について発生する「特別の先取特権」です(民法311条5号)。
前述のとおり、先取特権は法定担保物権であるため、売買が行われた時点で法律上当然に発生します。
目的物を「範囲」で特定する集合動産譲渡担保権とは異なり、動産売買先取特権は、特定の物そのものについて発生します。
[参考記事] 動産売買先取特権についてわかりやすく解説(3) 集合動産譲渡担保権と動産売買先取特権の優劣
たとえば、X社がY社に対して商品Aを売却・納品した場合、納品された商品Aには、X社が有する売掛債権についての動産売買先取特権が発生します。
その一方、Z社がY社に対して有する貸付金を被担保債権として、「倉庫S内にある商品Aすべて」に集合動産譲渡担保権が設定されていたとしましょう。
この場合、もしX社が納品した商品Aが倉庫Sに保管されることになった場合、X社の動産売買先取特権と、Z社の集合動産譲渡担保権が競合してしまいます。
X社とZ社のどちらが優先弁済を受けられるのかを判断するに当たっては、動産売買先取特権と集合動産譲渡担保権のどちらが優先になるのかが重要な問題となります。
この点、最高裁の判例では、集合動産譲渡担保権者が占有改定によって対抗要件を備えた場合、動産売買先取特権者が申し立てた動産競売を阻止できることが示されています(最高裁昭和62年11月10日判決)。
つまり判例上は、集合動産譲渡担保権が動産売買先取特権に優先することになっているのです。
ただし、上記の判例の結論には学説上さまざまな異論があり、実際にどのように処理されるかはケースバイケースと言わざるを得ない状況です。
もし両者の競合が発生しそうな場合には、事前に契約上の手当などでリスク管理を行う必要がありますので、弁護士にご相談ください。
3.債権回収は弁護士に相談を
債権回収の確実性を高めるためには、債権に関する契約の締結時に担保権を設定するほか、債務者の財務状態が極端に悪化する前に債権を回収できる仕組みを契約に盛り込むなど、事前の対策が重要になります。
債権回収の事前対策の設計には、法的に専門性の高い検討が必要になるため、弁護士へのご相談をお勧めいたします。
また、実際に債務不履行が発生してしまった場合には、法令および契約上取り得る手段を網羅的に検討したうえで、迅速に債権回収を図ることが大切です。
内容証明郵便の送付から訴訟に至るまで、債権回収に関する手続きは煩雑かつ慎重を要するため、こちらも弁護士へのご相談がお勧めです。
弁護士にご相談いただければ、円滑・迅速な債権回収をサポートいたします。
貸付金・売掛金などの回収にお悩みの債権者の方は、お早めに泉総合法律事務所の弁護士までご相談ください。