債権回収における公正証書の重要性
契約の際は契約書を作成し、お互いの義務や権利を明確にしておくことが大切です。
しかし、せっかく契約書を作っても、相手が義務を履行しない場合があります。具体的には、代金の支払遅延や貸金の返済滞納などです。
そういった債権を回収したいと思っても、相手が支払いに応じなければ強制執行のための裁判等をしなければならず、多くの時間と手間がかかってしまいます。
そこで有効となるのが「公正証書」です。公正証書を利用すれば、利用しないときに比べて遥かに早く・手間なく債権を回収することができます。
ここでは、債権回収における公正証書の重要性について解説していきます。
1.公正証書の特徴・役割
公正証書は「公証役場」という場所へ行って、公証人に作成してもらう公文書です。
公証人は、裁判官などを長年経験した人がなれる準公務員で、知識と経験の両方を備えた法律の専門家です。
公正証書には以下のような効果があります。
(1) 安全性
公正証書を作成すると当事者に謄本が交付され、原本は公証役場に20年間保管されます。
これによって、原本の改竄を防ぐことが可能です。
また、万が一当事者が謄本を紛失したり、火災で焼失したりしても、公証役場に問い合わせれば謄本を再交付してもらえます。
当事者だけが保管する通常の契約書などよりも、高い安全性が確保されています。
(2) 証明力(証拠力)
公証人が作成した公正証書は、内容に法令違反がなく、法律的に問題のない文書であることが通常です。
また、公正証書を作成する際には公証人が印鑑証明などで当事者の身元を確認するため、書類の信頼性も高いです。
これらの事情から、公正証書には強い証明力があり、裁判で公正証書の内容が無効とされることはほぼありません。
例えば、通常の遺言は家庭裁判所で内容を確認する検認手続きを経る必要がありますが、公正証書による遺言は信頼性や証明力が高いため、この検認が不要とされているほどです。
(3) 執行力
債権回収において非常に重要な要素となるのが「執行力」です。
公正証書には「強制執行認諾条項」を追加することができます。
これは、公正証書に「債務者は、本証書記載の金銭債務を履行しないときは、直ちに強制執行に服する旨を陳述した」などの文章を盛り込み、債権者が裁判などを経ずに強制執行をできるようにするものです。
債権回収目的の強制執行をするには、裁判をして勝訴するなどして、強制執行の申立てに必要な「債務名義」というものを手に入れなければなりません。
強制執行は当事者の財産権を侵害する行為であるため、それを可能とする債務名義を獲得するには様々なハードルを超える必要があるのです。
しかし、公正証書に強制執行認諾条項を入れれば、公正証書自体を債務名義にすることができます。
これにより、債権者はスムーズに債権を回収できますし、債務者が強制執行を避けるために債務の弁済に対して真剣になるという二次的な効果も期待できます。
上記のような効果があるため、公正証書は重要な法律行為を行う際に多く利用されています。
中には、任意後見契約書など、公正証書を使うことを義務付けられている行為もあるほどです。
2.債権回収において公正証書を利用すべきケース
債権の回収を目的とする場合は、以下のような時に公正証書を作成することをおすすめします。
(1) 金銭消費貸借契約の締結時
お金の貸し借りに関する契約をするときです。
特に、分割払いで返済を受ける場合、将来滞納が発生する可能性は0ではありません。
その際に迅速に債権回収できるように、公正証書で契約するケースが見られます。
(2) 売買契約の締結時
全ての売買契約で公正証書を作るのは無理があるかもしれません。
しかし、金額が大きい場合や支払期間が長期にわたる場合、分割払いなどの場合は、取引先から支払いがないときに備えて公正証書で契約をしておくと安心です。
(3) 和解の合意文書
取引先が支払いを滞納した場合、その後の支払計画を改めて話し合うことが一般的です。
しかし、協議を経て和解したにも関わらず、取引先がその和解の内容を実行しないことがあります。
そういった事態に備えて「和解の内容を実行しない場合は強制執行をする」といった内容の和解書を公正証書にしておくと良いでしょう。
3.公正証書の作成方法・費用
では、公正証書はどういった手順で作成すれば良いのでしょうか?
また、作成において費用はかかるのでしょうか?
(1) 公正証書の作成方法(流れ)
後で述べるように、公正証書の作成は弁護士に依頼した方が良い結果に繋がりますが、ここでは自分で作成する場合を想定して記載します。
公証役場に連絡
まず、公証役場に連絡して訪問します。そこで公正証書の作成を担当してくれる公証人が割り当てられます。
大抵は当番の公証人が担当になりますが、希望すれば公証人を指名することも可能です。
【参考】「日本公証役場連合会」
公証人と協議
どういった内容の公正証書を作りたいのかを公証人に説明して、具体的にどのような条項を盛り込むかを協議します。
なお、公証人が一から内容を考えてくれることはないので、公正証書の中身(原案)は自分で考えておかなければなりません。
場合によっては取引先の情報や、それまでに作成していた契約書などの書類が必要になることもあります。
この協議は複数回行われることがあります。
公正証書案の作成と確認
協議に基づいて、公証人が公正証書案を作成してくれます。
その案を確認して、問題がないかチェックしてください。
公正証書の作成
公正証書の作成日時を決定します。その日は公証人と予定を合わせて公証役場に行かなければなりません。
このとき、実印や身分証明書などが必要になります。公正証書の内容に応じて必要なものを持っていき、公正証書を作ってもらいましょう。
公正証書を作ってもらったら謄本を受け取って保管してください。
(2) 公正証書の費用・手数料
公正証書を作成するための手数料は「公証人手数料令」という政令で決められています。
契約などに関する公正証書作成の基本手数料は以下の通りです。
目的の価額 | 手数料 |
---|---|
100万円以下 | 5000円 |
100万円を超え200万円以下 | 7000円 |
200万円を超え500万円以下 | 1万1000円 |
500万円を超え1000万円以下 | 1万7000円 |
1000万円を超え3000万円以下 | 2万3000円 |
3000万円を超え5000万円以下 | 2万9000円 |
5000万円を超え1億円以下 | 4万3000円 |
1億円を超え3億円以下 | 4万3000円+超過額5000万円までごとに1万3000円を加算 |
3億円を超え10億円以下 | 95000円+超過額5000万円までごとに1万1000円を加算 |
10億円超 | 24万9000円+超過額5000万円までごとに8000円 |
その他、以下の費用が必要です。
原本等の閲覧 | 1回または1件につき200円 |
---|---|
正本又は謄本の作成 | 1枚につき250円 |
謄本等の送達 | 1400円+送料(実費) |
送達証明 | 250円 |
執行文の付与 | 1700円 |
弁護士に作成を代行してもらった場合は弁護士費用も必要です。
4.公正証書を作成する際の注意点
(1) 日数がかかる
公正証書は作成にある程度の時間がかかります。公証役場に行けば即日作ってもらえるわけではありません。
日数が必要なので、早めに作成に取り掛かる必要があります。
(2) 内容を決めるのが難しい
公証人は、公正かつ中立な立場で公正証書を作ることが仕事です。当事者の一方の利益を追求した条項を考えてくれることはありませんし、「もっとこうすると良いですよ」などのアドバイスをすることも基本的にありません。
このような理由から、公正証書を作成する際は弁護士に依頼することをおすすめします。
弁護士なら、依頼人が最大限の利益を得られる条項を考えて文案を作成し、公証人との協議を代行してくれます。
ご自身で公正証書の内容を決めると、見落としがある可能性が高いです。
せっかく公正証書を作るのであれば、弁護士に依頼して実効性の高いものに仕上げてもらうことをお勧めします。
5.重要な公正証書の作成は弁護士にご依頼を
裁判は発生したトラブルを事後的に解決するものですが、公正証書を作っておけば事前の対策が可能になります。
「予防は治療に勝る」という言葉があるように、予防策となる公正証書の重要性は極めて高いです。
公正証書の作成に際しては、弁護士にご相談ください。