事業再生ADRとは?利用要件・メリット・デメリット・活用事例
会社の財務状況が極端に悪化した場合、債務整理によって債務のカットなどを行ったうえで再起を図るのが効果的です。
しかし、債権者との私的整理の交渉は、必ずしも順調に進むとは限りません。
その一方で、民事再生・会社更生・自己破産といった法的整理は、取引先に迷惑がかかるので選択しづらく、板挟みになってしまっている会社もあろうかと思います。
そんな会社にとって有効な解決策となり得るのが、「事業再生ADR」です。
事業再生ADRは、私的整理と法的整理の中間的な手続きであり、両者のメリットを併せ持っています。
債務整理をご検討中の会社は、ぜひ事業再生ADRも選択肢の一つに入れてみてください。
今回は、事業再生ADRの概要・利用要件・メリット・デメリット・活用事例などを解説します。
1.事業再生ADRとは?
「事業再生ADR」とは、第三者機関が仲介者となって、債権カットや支払いスケジュールの変更などを内容とする事業再生計画をまとめる、法人の債務整理手続きです。
法人の債務整理手続きは、「私的整理」と「法的整理」の2つに大別されます。
私的整理:債権者との交渉により、債権カットや支払いスケジュールの変更などを合意する
法的整理:裁判所を通じた手続きにより、債権カットや支払いスケジュールの変更などを実現する
事業再生ADRは「私的整理」に分類されますが、純粋な債権者との直接交渉ではなく、第三者機関が定める手続きに則って行われるのが大きな特徴です。
そのため事業再生ADRは、私的整理と法的整理の中間的な手続きという位置づけになります。
「ルールに則った私的整理」という意味合いを込めて、「準則型私的整理」と呼ばれることもあります。
事業再生ADRは、「産業競争力強化法」という法律によって、「特定認証紛争解決手続」として制度化されています。
特定認証紛争解決手続を行うことができるのは、法務大臣の認証及び経済産業大臣の認定を受けた「特定認証紛争解決事業者」です。
現在のところ、特定認証紛争解決事業者としての認定を受けているのは、「一般社団法人事業再生実務家協会」のみとなっています。
したがって、事業再生ADRの利用を希望する法人は、同協会とコンタクトを取ったうえで手続きを進めることになります。
2.事業再生ADRのメリット
事業再生ADRは、私的整理と法的整理の「良いとこどり」を目指した債務整理手続きです。
具体的には、事業再生ADRには以下のメリットがあります。
(1) 公正・中立な債務整理が可能
事業再生ADRは、専門的知識を持った会員で構成される第三者機関である、一般社団法人事業再生実務家協会によって主宰されます。
したがって、私的整理に分類される手続きでありながら、公正・中立な形で手続きを進められることが大きなメリットです。
純粋な私的整理の場合、債権者側に「自分だけ債権カットに応じるのは嫌だ」という心理が働き、交渉が頓挫してしまう例もよく見られます。
この点、事業再生ADRの場合は、第三者機関の仲介により透明性の確保された形で手続きが進められます。
そのため、債権者間で互いに疑心暗鬼になってしまうおそれが少なく、各債権者の協力・同意を得やすいのが特徴です。
(2) 柔軟な事業再生計画の策定が可能
民事再生や会社更生の場合、債権カットなどを行う際には、民事再生法や会社更生法に定められたルールに従う必要があります。
これに対して事業再生ADRでは、債権カットなどに関する明確なルールが定められているわけではありません。
そのため、民事再生や会社公正といった法的整理手続きに比べると、事業再生計画を柔軟に策定しやすい点がメリットと言えます。
もちろん、一般社団法人事業再生実務家協会が中立・公正な立場から調整を行いますので、純粋な私的整理ほどの自由度は認められません。
しかし、債権者多数の状況の中で、少しでも柔軟な形で事業再生を実現したい場合には、事業再生ADRが有力な選択肢となるでしょう。
(3) 商取引を継続しながら債務のカットが可能
民事再生や会社更生を選択した場合、法的整理手続きの進行中は、債権の個別弁済が禁止されます(民事再生法85条1項、会社更生法47条1項)。
たとえば、買掛金の支払いなども停止しなければならないため、取引先を失うことにも繋がりかねません。
この点、事業再生ADRであれば、手続きの対象を金融債権のみに限定し、商取引債権者に対しては手続き外で通常どおり弁済するアレンジも可能となっています。
そのため、取引をそのまま継続することが可能であり、取引先を失うリスクを回避できる点が大きなメリットです。
(4) 金融機関から「つなぎ融資」を受けやすい
事業再生を成功させるには、債権カットを実行する前の段階で、金融機関からの「つなぎ融資(プレDIPファイナンス)」を確保することが重要になります。
「つなぎ融資」とは、事業再生計画の初期段階において、必要となる資金を確保するための融資です。
つなぎ融資は、債務者法人の財務状況の悪化した状態で貸し付けられるため、貸し手となる金融機関が見つかりにくいことが問題になります。
もし私的整理が頓挫し、法的整理に移行した場合、つなぎ融資の債権も減免の対象になってしまうので、金融機関としてもなかなか与信を行いづらいのです。
この点、事業再生ADRでは、金融機関からのつなぎ融資を確保しやすくするため、以下の仕組みが設けられています。
- 事業の継続に欠くことができない資金の借入れについて、中小企業基盤整備機構の債務保証が得られ、中小企業信用保険法の特例が適用される(産業競争力強化法53条~55条)
- つなぎ融資の債権は、事業再生ADR手続きにおいて、優先弁済の対象となる
- 仮に民事再生や会社更生に移行した場合でも、つなぎ融資の債権は、裁判所が優先的取り扱いをするように配慮される(同法57条以下)
そのため、事業再生ADRを利用する場合には、金融機関からのつなぎ融資を受けやすくなり、事業の再建をスムーズに進めることが可能となります。
(5) 債務整理の事実を公表する必要がない
民事再生や会社更生を利用した場合、その事実が官報によって公表されます。
これに対して事業再生ADRの場合、手続きが開始されたとしても、官報公告が行われることはありません。
そのため、事業再生ADRを秘密裏に進めることも可能であり、取引先などへの影響を最小限に抑えられます。
(6) 債権放棄に関する税制優遇がある
事業再生ADR手続きに従い、債権放棄やデット・エクイティ・スワップ(DES)に応じた場合、債権者は失った債権を税務上の損金に算入できます。
この取り扱いは、一般的な私的整理よりも有利であるため、債権者に対して事業再生ADRに応じるインセンティブを与えるものと言えます。
3.事業再生ADRのデメリット
事業再生ADRには、上記のような多くのメリットがある反面、債権者による全会一致が必要である点や、高額な手数料が発生する点がデメリットです。
(1) 債権者全員の同意が必要
事業再生ADRは私的整理の一種であるため、債権者に対する強制力を持っていません。
したがって、事業再生ADRによる債権カットなどを実現するためには、債権者の全会一致による同意が必要となります。
債権者が一社でも事業再生ADRに反対した場合には、民事再生や会社更生などに移行する必要があるので注意が必要です。
(2) 高額な手数料が発生する
事業再生ADRを利用する場合、一般社団法人事業再生実務家協会に対して手数料を納付する必要があります。
小規模な案件でも1,000万円程度、大規模な案件では1億円近くの手数料が発生するため、中小企業が事業再生ADRを利用することは困難であるのが実情です。
4.事業再生ADRを利用するための要件
一般社団法人事業再生実務家協会は、事業再生ADRの利用要件として、以下の5つを定めています。
- 過剰債務を主因として経営困難な状況に陥っており、自力による再生が困難であること。
- 技術、ブランド、商圏、人材等の事業基盤を有し、事業に収益性や将来性があるなど事業価値があり、重要な事業部門で営業利益を計上しているなど、債権者からの支援によって事業再生の可能性があること。
- 会社更生、民事再生などの法的整理手続の申立てにより信用力が低下し、事業価値が著しく毀損されるなど、事業再生に支障が生じるおそれのあること。
- 事業再生ADRによる事業再生によって、債権者が破産手続によるよりも多い回収を見込める可能性があること。
- 手続実施者選任予定者の意見及び助言に基づき、法令適合性、公正・妥当性及び経済的合理性があると認められる事業再生計画案の概要を策定する可能性があること。
要約すると、事業再生ADRの対象となるのは、経営破綻に近い状態にあり、自力で経営を再建することが困難である会社の中でも、
- 事業を再建する可能性がある
- 法的手続きよりも事業再生ADRによる再建を目指すことがふさわしい
と評価できる会社です。
前述のとおり、高額の手数料が必要となる点がネックですが、それを賄い得る資力がある会社は、法的整理・私的整理との間でメリット・デメリットを比較して、事業再生ADRを利用すべきかどうかご検討ください。
5.事業再生ADRの活用事例
最後に、上場会社(当時)が事業再生ADRを活用した事例を2つ紹介します。
(1) 曙ブレーキ工業株式会社
曙ブレーキ工業株式会社は、自動車用ブレーキの生産事業を営んでおり、日米の大手自動車メーカーに向けて、ブレーキパッド等の供給を行う会社です。
しかし、北米における生産混乱に起因して業績が悪化し、自力での再建が困難となったため、事業再生ADRを活用した再建が図られました。
曙ブレーキ工業株式会社の事業再生ADR手続きでは、では、JISファンドから総額200億円の出資を受け入れたうえで、経営陣の刷新が行われました。
債権者である金融機関との間では、借入金の半分に相当する、総額560億円の債権放棄が合意されました。
その後、北米工場の閉鎖等を含む経営の合理化が行われ、現在でも事業再生ADRに基づく事業再生が進行中です。
参考:臨時株主総会(2019年)招集ご通知 補足説明資料|曙ブレーキ工業株式会社
(2) 田淵電機株式会社
田淵電機株式会社(現・ダイヤゼブラ電機株式会社)は、大阪市を拠点とする電気機器メーカーです。
太陽光発電事業を拡大していましたが、国による買取価格の低下など、太陽光発電に関する規制の変容などによって経営が悪化し、事業再生ADRを活用した経営再建を目指すことになりました。
田淵電機株式会社の事業再生ADR手続きでは、ダイヤモンド電機株式会社がスポンサーとなり、30億円の第三者割当増資が行われました。
経営陣は全員退任し、さらに役員が保有する株式は、会社に対してすべて無償譲渡されました。
債権者である金融機関との関係では、49億円余りの債権放棄が合意され、残りの40億円余りの債権についても、返済猶予が合意されました。
残債権については、2023年3月期までに返済される予定でしたが、2021年6月30日をもって前倒しで完済した旨がアナウンスされています。
参考:「事業再生計画案」策定、事業再生ADR手続に基づく債権者会議(第 2 回債権者会議(続会))の開催並びに今後の予定に関するお知らせ|田淵電機株式会社
参考:事業再生計画期間の終了、事業再生ADR債務の完済に関するお知らせ|ダイヤモンドエレクトリックホールディングス株式会社
6.まとめ
事業再生ADRは、一般的な私的整理と法的整理の中間的な位置づけにある、法人の債務整理手続きです。
高額の手数料がかかるため、実質的には大企業限定の手続きとなりますが、私的整理と法的整理のメリットを併せ持つ側面があります。
事業再生ADRを成功させるためには、債権者の全会一致が要求されるため、事前の調整作業が不可欠です。
債権者を納得させられるような事業再生計画の策定に加えて、スポンサー探しも重要になるなど、さまざまなハードルが待ち構えているのです。