詐害行為取消権とは?
債権を回収しようとしても、債務者がほとんど財産を持っていないことがあります。
しかし「財産がないなら仕方がない」と諦めてはいけません。場合によってはある程度の債権を回収できる可能性があります。
それを実現する方法の1つが「詐害行為取消権」です。昔から存在していた権利ですが、その内容の多くは判例や解釈に委ねられていたところ、2020年4月の民法改正によって従前の判例法理を元に整理され明文化されました。
詐害行為取消権とはどういった権利で、この権利を行使することでどのような効果を得られるのでしょうか?
1.詐害行為取消権とは?
詐害行為取消権とは、読んで字のごとく「詐害行為」を「取り消す」権利です。
(1) 詐害行為とは?
一言で説明すると「債権者を害することを知りながら、債務者が債務者自身の財産を減らす行為」が詐害行為です。
債務者の中には「債権者にお金を返すくらいなら自分の財産を親族や友人に譲って、自分には財産がないことにしてしまおう」と考える人もいます。
これをされると債権者は債権を回収できません。債務者は、ほとぼりが冷めた頃に親族や友人から財産を返してもらい、財産を保持したまま返済を免れるかもしれません。
こういった行為に対抗するために、詐害行為取消権という権利が定められています。
(2) 詐害行為取消権を行使する相手
債権の回収は、通常債務者に対して行います。
しかし詐害行為取消権は、債務者から財産を受け取った者である「受益者」に対して行使します。
また、受益者が既に他の人に譲っていた場合、財産を受け取った人(「転得者」と言います)に対しても詐害行為取消権を行使することができます。
受益者と転得者のどちらに詐害行為取消権を行使するかは、債権者が決めて構いません。例えば受益者を経由して転得者の手元に目的の財産がある場合、債権者は受益者に訴訟を提起して「例の財産を既に転売していたなら、金銭で払ってください」と請求するか、転得者を提訴して「財産を返してください」と請求することができます。
どちらを選ぶべきなのかはケースによって異なるため、弁護士と相談のうえで判断してください。
(3) 詐害行為取消権の効果
例えば、債務者Aが、友人Bに自分の財産を譲ったとします。
上記が詐害行為になる場合、債権者はこの「財産を譲った行為」そのものを取り消すことができます。
金銭や動産が債務者の手元に戻ってしまうと、債務者がそれらを消費したり隠匿したりする可能性があります。
これを防ぐため、債権者は受益者や転得者に対して金銭や動産を直接自分(債権者)に渡すように請求できます。
なお、目的物が不動産の場合は、債務者の意思に関係なく不動産登記の名義を債務者のものにすることができます。
そのため不動産の名義を債務者に戻し、その不動産を債権者が差押えて競売するなどして債権の回収を図ります。
また、現物の返還が難しい場合、債権者は受益者や転得者に対し、目的物に相当する価額を金銭で払うように請求できます。
2.詐害行為取消権を行使できる要件
詐害行為取消権は、それまで債権者とは直接関係のなかった受益者や転得者に対して行うものです。
乱用できる制度だと受益者や転得者の財産権を不当に侵害することになりかねないため、行使のための要件が設定されています。
旧民法下の詐害行為取消権は解釈や判例等に基づく運用がされていましたが、2020年4月の民法改正によってその内容が明文化されました。
ここでは、改正に伴って明確になった、詐害行為取消権を行使するための要件について解説します。
(1) 債権が詐害行為の前に成立している
債権者は通常、「この債務者にはこのくらいの財産があるから問題なく債権を回収できるだろう」と考えて取引を行います。その期待が債務者の詐害行為によって裏切られたことへの対策として、詐害行為取消権が設定されているのです。
しかし詐害行為の後に債権が成立した場合は、債務者の財産は既に詐害行為によって減少した状態のはずです。
「債務者の財産は少ないが、過去の詐害行為を取り消せば債権を回収できるな」と思う債権者は通常いませんし、詐害行為取消権はそういった趣旨の権利ではありません。
そのため詐害行為の後に成立した債権を理由とした詐害行為取消権の行使はできないことになっています。
(2) 債務者が無資力である
債権者の目的はあくまで債権の回収です。債務者に財産がある場合は、その財産から債権を回収すれば事足ります。
それにも関わらず詐害行為取消権を行使できてしまうと、受益者や転得者を巻き込むことになってしまいます。
そのため債務者に資力がある場合は、詐害行為取消権を使えないことになっています。
なお、「債務者が無資力」という条件は、詐害行為の時だけでなく、詐害行為取消権を行使するときにも必要です。詐害行為の当時は無資力でも、その後に資力を得ていれば詐害行為取消権を行使せずに債権を回収できるからです。
(3) 財産権を目的とした行為である
財産の移動や変更を目的とした行為が詐害行為となりえます。例えば結婚や離婚、養子縁組などは詐害行為とはなりません(ただし、離婚の際の財産分与や遺産分割は、例外的に詐害行為になることもあります)。
具体的には、債務者の以下の行為が詐害行為に該当する可能性があります。
- 贈与
- 財産を著しく安い価格で売却
- 不釣り合いな代物弁済(200万円を返済する代わりに500万円相当の土地を渡すなど)
- 一部の債権者だけが有利になるような弁済(偏頗弁済)
上記以外に「新設分割方式による会社分割」が詐害行為に該当すると認められた判例もあります(東京高判平成22年10月27日等)。
「これは詐害行為ではないか?」と思ったら弁護士に相談してみましょう。
(4) 債務者に詐害意思があった
詐害行為は債務者に「債権者を害する意思」があったどうかがポイントです。この意思がない場合は詐害行為になりません。
ただし債務者に「債権者を困らせてやる」という積極的な意思が必要とされているわけではなく、「この行為をすると財産が減って返済ができなくなる」と債務者が自覚していれば十分とされています。
(5) 受益者や転得者が行為時に債権者を害することを知っている
詐害行為取消権を行使するには、受益者と転得者が「債務者の行為によって債権者が弁済を受けられない」という事情を知っている必要があります。
改正民法では、転得者から財産を得た別の転得者がいる場合、その転得者も事情を知っていることが詐害行為取消権を行使する要件とされました。
受益者を経て問題の財産を受け取った人が複数存在するときは、その全員が事情を知っている状態でなければ詐害行為取消権を行使することができません。
事情を知らない人が含まれている場合は別の方法で債権を回収しましょう。
3.詐害行為取消権の行使方法と必要書類
詐害行為取消権は裁判所に訴訟を提起して行使します。被告となるのは受益者や転得者です。
基本的な流れは一般的な訴訟と同じです。裁判所に訴えを提起して、証拠となる書類を提出し、口頭弁論や審理を経て判決に至ります。
詐害行為取消権の行使に必要な書類は、裁判所に訴えを提起するために必要な書類に準じます。以下に一部を紹介します。
- 訴状
- 証拠書類の写し(契約書など債権債務関係を証明できる書類)
- 商業登記簿謄本(原告や被告が法人の場合)
- 不動産登記簿謄本と固定資産評価証明書(不動産について争う場合)
- 収入印紙や切手(価額は事例により異なる)
また、詐害行為取消請求の確定判決の効果は被告だけでなく債務者にも及ぶため、「債権者は提訴後、遅滞なく債務者へ提訴の事実を告知しなければならない」と定められています。通常の訴訟に必要な書類以外に「債権者へ告知するための書類」も用意しなければなりません。
とは言え、手続きや書類の準備は弁護士に依頼して任せておけば安心です。
4.詐害行為取消権の時効
時効について、改正民法では「債務者が債権者を害することを知って行為をしたことを、債権者が知った時から2年」と定められました。従来の記載を正確に改めた形になります。
また、詐害行為が実行されたときから10年経った場合も、詐害行為取消権を行使することができません。
つまり詐害行為のことを知らないまま詐害行為から10年経つと、詐害行為取消権が行使できなくなります。この期間を「除斥期間」と言います。
なお、旧民法における除斥期間は20年です。
詐害行為は実行時の法律が適用されるため、債務者が「10年経ったから時効だ!」と主張しても、それが旧民法時の行為であれば時効が成立していない可能性がありますのでご注意ください。
5.詐害行為取消権についても弁護士へ
詐害行為取消権を行使するにはいくつもの要件をクリアしなければなりませんし、裁判を経るため手続きも複雑です。
法律の専門家である弁護士に依頼すれば、手続きその他を代行してもらえますので、詐害行為取消権が行使できるかどうか悩まれたら、まず弁護士に相談されることをおすすめいたします。