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差押えと相殺の優先関係は?相殺に関する民法改正の内容を解説

債権者が、債務者に対して別の債務を負担している(債権が対立している)場合、対立債権を対当額で相殺することで、実質的に債権回収を図ることができます。

2020年4月1日に施行された改正民法では、この「相殺」に関するルールについて、いくつかの変更が加えられました。
債権回収の場面において、相殺は重要な機能を有するので、この機会に相殺のルールを正しく理解しておきましょう。

この記事では、差押えと相殺の優先関係に関する条文変更など、相殺についての民法改正の内容を詳しく解説します。

1.「相殺」とは?

「相殺」とは、債務者に対して有する債権と、債務者が自らに対して有する債務を、対当額(同じ金額)で打ち消し合う旨の意思表示をいいます(民法505条1項)。

たとえば、AがBに対して100万円の債権を有している一方で、BもAに対して200万円の債権を有しているとします。
この場合、AはBに対して、双方の債権を100万円ずつ打ち消し合う「相殺」の意思表示を行うことが可能です。

Aの相殺によって、BがAに対して有していた債権のうち、100万円分だけが残ります

このように、相殺の意思表示を行うことで、実質的に当事者双方が、それぞれ債権回収を実現できるのです。

なお、相殺の意思表示を行う側が有する債権を「自働債権」、相殺の意思表示を受ける側が有する債権を「受働債権」といいます。

相殺を行うには、少なくとも自働債権の弁済期が到来していることが必要です(受働債権については、期限の利益を放棄することができるため、弁済期の到来は不要と解されています)。

相殺については、以下の記事で詳しく解説しているので、併せてご参照ください。

[参考記事] 民法の「相殺」とは?相殺の要件・効果と相殺できない債権

2.相殺に関する民法改正の内容

相殺については、従来の民法上のルールが必ずしも明確でなく、判例法理によって補充されている部分が数多く存在しました。

そこで、2020年4月1日に施行された現行民法では、以下の4点について、相殺に関する条文の変更等が行われました。

(1) 相殺制限特約に関する改正

相殺は、当事者の合意によって禁止または制限することが認められています(民法505条2項)。

しかし、相殺制限特約が付された債権を譲り受けた第三者が、相殺制限特約の存在を知らなかった場合には、相殺ができないことによって、当該第三者が不測の損害を被るおそれがあります。

そのため、相殺制限特約によって利益を受ける当事者と、相殺制限特約の存在を知らずに債権を譲り受けた第三者の間で、利害調整を図ることが必要です。

旧民法では、債権を譲り受けた第三者が「善意」であれば、相殺制限特約の存在を当該第三者に対抗できない旨が定められていました。
なお、「善意」についての立証責任は、債権を譲り受けた第三者自身にあると解されていました。

これに対して現行民法では、債権を譲り受けた第三者が「善意無重過失」でない限り、相殺制限特約の存在を当該第三者に対抗できると定められています(同)。

なお、相殺制限特約の存在を主張する当事者の側が、第三者の「悪意」または「重過失」についての立証責任を負うと解されています。

(2) 不法行為債権を受働債権とする相殺禁止に関する改正

不法行為を原因として発生した債権を受働債権とする相殺を認めてしまうと、当事者間で報復合戦に発展してしまうおそれがあります。

(例)
Aに殴られたことにより、100万円の損害賠償請求権を得た。
しかし、Aにはお金がないので、100万円の支払いを受けることは全く期待できない。
それならば、Aを殴り返してチャラにしてしまおう。自分もAに対して損害賠償責任を負うだろうが、100万円の損害賠償請求権と相殺してしまえばいい。

また、不法行為の被害者に対しては、ケガの治療費や生活費などに充てるため、加害者が現実に賠償を行うべきという政策的配慮が存在します。

上記2つの観点から、旧民法下では、不法行為によって生じた債権を受働債権とする相殺が一律禁止されていました。

しかし、すべての不法行為について報復のリスクが高いとは限らず、また不法行為の被害者に限って被害者救済を強調することについての疑問も呈されていました。

そこで現行民法では、相殺禁止の対象を、以下の債権を受働債権とする場合に限定しました(民法509条各号)。

  • 悪意による不法行為に基づく損害賠償請求権
  • 人の生命または身体の侵害による損害賠償請求権

さらに、上記の債権が他人(被害者や、被害者からの譲受人)から譲り受けたものである場合には、もはや報復防止や被害者救済の趣旨が当てはまらない場合であるとして、当該債権を受働債権とする相殺禁止が解除されることになりました(同条但し書き)。

(3) 差押えを受けた債権を受働債権とする相殺禁止に関する改正

すでに差し押さえられている債権を受働債権とする相殺を認めた場合、差押えが空振りに終わり、差押債権者が不利益を被ります。
そのため、自働債権の債権者と、差押債権者のどちらが優先されるべきか、という点が、古くから存在する法律上の論点となっていました。

この論点について立法的な解決を図るため、現行民法では判例法理の明文化等が行われました。

相殺と差押えの優先劣後関係に関する詳しい改正の内容については、後述します。

(4) 相殺の充当ルールを明文化

自働債権または受働債権のいずれか一方または両方が複数である場合には、「相殺によって消滅する債権の順序をどのように決めるか」という問題が生じます(相殺の充当)。

この点旧民法では、一般的な弁済充当のルールを準用する旨のみが定められていました。

しかし、具体的なルールについては不明確な点が多く、判例法理による補充が行われている状況でした(最高裁昭和56年7月2日判決等)。

そこで現行民法では、以下の優先順位によって相殺の充当方法を決定する旨を定め、判例法理の明文化が行われました(民法512条各項)。

①当事者間の合意
②「相殺に適するようになった時期」(相殺適状となった時期)の順序
③一般的な弁済充当のルール

3.差押えと相殺の優先関係|民法511条のルール

差押えと相殺の優先関係について、従来の判例法理はどのようなものだったのか、現行民法における規定はどうなっているのかについて解説します。

(1) かつての制限説と無制限説の対立

旧民法では、差押え後に取得した自動債権による相殺を主張しても、差押債権者に相殺を対抗できないことのみが定められていました。
その一方で、差押え前に取得した自働債権による相殺がいかなる場合に認められるかについては、明文の規定がありませんでした。

差押え前に取得した自働債権による相殺の可否については、学説上「制限説」と「無制限説」が対立していました。

たとえば、以下の設例を考えてみます。

<設例①>
・AはBに対してX債権を、BはAに対してY債権を、それぞれ有している。
・2021年9月30日に、X債権の弁済期が到来した。
・2021年10月1日に、BがAに対して有するY債権が、差押債権者Cのために差し押さえられた。
・2021年10月5日に、AはBに対して、X債権とY債権を対当額で相殺する旨の意思表示を行った。

設例①では、X債権の弁済期が、CによるY債権の差押えよりも先に到来しています。
つまり、CがY債権を差し押さえた時点で、すでにAはX債権を自働債権・Y債権を受働債権とする相殺ができる状態にあったということです。

この場合、相殺が差押えに優先される(AがCよりも優先される)というのが、学説上一致した見解でした。

それでは、以下の設例の場合はどうでしょうか。

<設例②>
・AはBに対してX債権を、BはAに対してY債権を、それぞれ有している。
・2021年10月1日に、BがAに対して有するY債権が、差押債権者Cのために差し押さえられた。
・2021年10月3日に、X債権の弁済期が到来した。
・2021年10月5日に、AはBに対して、X債権とY債権を対当額で相殺する旨の意思表示を行った。

設例②では、設例①とは異なり、X債権の弁済期は、CによるY債権の差押えよりも後に到来しています。
つまり、CがY債権を差し押さえた時点では、AはX債権を自働債権・Y債権を受働債権とする相殺ができる状態にはなかったということです。

このように、差押え時点で自働債権の弁済期が到来していない場合に、相殺を認めず差押債権者を優先するというのが「制限説」です。

これに対して、弁済期到来の時期にかかわらず、差押えを一律で認め、常に自働債権の債権者を保護するというのが「無制限説」になります。

旧民法下の判例では、もともと制限説が採用されていましたが(最高裁昭和39年12月23日判決)、後に判例変更が行われ、無制限説が採用されるに至りました(最高裁昭和45年6月24日判決)。

それ以降、無制限説に従い、差押え前に取得した自働債権による相殺は、弁済期の到来時期にかかわらず常に認められるというのが、旧民法下での判例・通説となっていました。

(2) 民法改正により無制限説が明文化

現行民法では、判例法理である無制限説に従い、

「差押えを受けた債権の第三債務者は、…差押え前に取得した債権による相殺をもって(差押債権者に)対抗することができる」

と明文化して、差押え前に取得した自働債権による相殺を、弁済期到来の時期にかかわらず、一律で認める旨を定めました(民法511条1項)。

さらに加えて、自働債権を差押え後に取得した場合でも、当該自働債権が差押え前の原因に基づいて生じた場合には、相殺の合理的期待を保護するため、当該自働債権による相殺が差押えに優先する旨が規定されました(同条2項本文)。

<設例③>
・BはAに対してY債権を有している。
・AはBとの間で、2021年9月1日付で、Aを賃貸人、Bを賃借人とする賃貸借契約を締結しており、Aは毎月末日付で、Bに対してX債権(賃料債権)を取得する。
・2021年9月28日に、BがAに対して有するY債権が、差押債権者Cのために差し押さえられた。
・2021年9月30日に、AはBに対してX債権を取得した。
・2021年10月5日に、AはBに対して、X債権とY債権を対当額で相殺する旨の意思表示を行った。

設例③では、AがBに対してX債権を取得したのは、Cによる差押え(2021年9月28日)よりも後の2021年9月30日です。
しかしX債権は、AとBが2021年9月1日付で締結した賃貸借契約に基づいて発生しているため、「差押え前の原因に基づいて生じたもの」であるといえます。

したがってAは、X債権を差押え後に取得したにもかかわらず、Cに対して、X債権を自働債権・Y債権を受働債権とする相殺を対抗できるのです。

ただし、差押え後にX債権がAから第三者Dに譲渡された場合、DはCに対して、X債権を自働債権とする相殺を対抗できないとされています(同項但し書き)。

4.債権回収は弁護士に相談を

相殺は、簡易的かつ確実に債権回収を実現できるため、債権者にとってきわめて利用価値の高い制度といえます。

債権回収の方法には、相殺を利用することに加えて、支払督促や訴訟を経て強制執行をする、担保権を実行するなど、さまざまなパターンが考えられます。
どの方法が利用できるか、メリットが大きいかについては、当事者の置かれた具体的状況によって異なるため、一度弁護士にご相談ください。

弁護士は、債権回収の方法についてアドバイスを差し上げるとともに、必要な手続きを代行し、依頼者のご負担を軽減いたします。

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