期限の利益喪失条項とは?
お金を貸す、品物を売るなどの契約をする場合、契約書に「期限の利益喪失条項」という項目を盛り込むことが多いです。
「期限の利益喪失条項」とは、一体どういったもので、どういったときに役に立つのでしょうか?
本記事では期限の利益喪失条項について解説します。
1.期限の利益喪失条項とは
例えば「10万円を貸す」「借りた10万円を1年後に返す」という契約をしたとします。
このときお金を借りた債務者は、「1年後になるまでは10万円を返す必要がない」という利益を得ることになります。この利益を「期限の利益」と呼びます。
仮に債権者が「急にお金が必要になったから今すぐ10万円返して」と迫っても、債務者は期限の利益を理由に拒否できます。
2.期限の利益喪失条項の意義
期限の利益を遵守すると、債権者が一方的に不利益を被るおそれがあります。
例えば債務者が近い将来に倒産する可能性があるとします。このとき債権者がすぐに債権を回収できれば、債務者の倒産による被害を抑えられるかもしれません。しかし期限の利益のせいで期限まで待たなければならない場合、待っている間に債務者が倒産してしまい、債権の回収ができなくなってしまいます。
こういったことを防ぐために契約書に盛り込まれるのが「期限の利益喪失条項」です。その名の通り、期限の利益を喪失させるための条項です。
債務者の期限の利益が喪失すれば、期限を待たずに債権全額の一括返済を請求できます。
期限の利益喪失条項は、債権を回収するために盛り込んでおくべき重要な項目なのです。
(1) 法律で定められた期限の利益喪失事由
以下の場合、債務者が期限の利益を主張できなくなると定められています。(民法第137条)
- 債務者が破産手続開始の決定を受けたとき。
- 債務者が担保を滅失させ、損傷させ、又は減少させたとき。
- 債務者が担保を供する義務を負う場合において、これを供しないとき。
契約書に期限の利益喪失条項を盛り込んでいなくても、これらの事由が発生したときは、債務者の期限の利益は失われます。
(2) 期限の利益喪失条項に盛り込まれる事由
しかし、民法に書かれている期限の利益喪失事由だけでは、実務上のニーズを満たすことができません。
そこで、契約時に期限の利益喪失条項に様々な事由を付け加え、万が一に備えることが一般化しています。
多くの場合、以下の事由が追加されます。
- 履行の遅滞
- 破産や再生手続、その他債務整理など
- 営業停止などの行政処分
- 支払不能や支払停止、手形や小切手の不渡り
- 強制執行など
- 法人の解散、所在不明、営業の廃止など
- 資産、信用、支払能力に関する重大な変更など
- 契約書の他の項目に違反
履行の遅滞
債務者が契約で定めた義務を履行せず、債権者が相当の期間を定めて催告しても義務の履行がない場合に、期限の利益を失わせるものです。
典型的な事例は債務の返済滞納です。滞納者への予防策として条項に盛り込まれます。
破産や再生手続、その他債務整理など
法律には「破産手続開始決定後」のみ記されていますが、民事再生・会社更生・特別清算などにも期限の利益喪失事由を拡張させます。
手続の「開始」ではなく、「申立て」が行われたときに期限の利益を失わせることにする場合も多いです。
営業停止などの行政処分
債務者が行政から営業停止や営業取り消しなどの処分を受けた場合に期限の利益を喪失させるものです。
これを定めないと、営業停止などで資金繰りが悪くなった債務者の倒産が目に見えていても、債権の回収ができないことになります。
支払不能や支払停止、手形や小切手の不渡り
要するに「債務者に支払能力がない」「支払いがされなかった」場合です。
履行の遅滞では相当の期間を定めた催告が必要でしたが、手形の不渡りなど客観的に明らかな事由が発生した場合は、催告なしで期限の利益を失わせることができます。
強制執行など
差押え、仮差押え、仮処分、税金の未納による滞納処分、担保権を実行するための競売などが該当します。
法人の解散、所在不明、営業の廃止など
債務者である法人が解散したり、営業を廃止したり、夜逃げして所在不明になったときです。
会社の合併や分割を期限の利益喪失事由に含むこともありますが、これを含めると債務者が合併の際に期限の利益を失って一括払いを余儀なくされます。大きな組織になって支払能力が高まる合併もあるため、ケースごとに対応が必要です。
資産、信用、支払能力に関する重大な変更など
例えば債務者の資産である工場の機械が変更されて既存の製品を作れなくなると、債務者が従来の収入を得られなくおそれがあります。
また、重大な不祥事などで債務者の信用が失墜しても収入減に繋がります。
そういった場合に備えて組み込まれる事由です。
契約書の他の項目に違反
この文言を入れておけば、期限の利益喪失条項の中に定めていない事由でも、債務者の期限の利益を失わせることができます。
3.期限の利益の喪失日
期限の利益の喪失に該当する事由が発生したとして、「いつ債務者の期限の利益を喪失させるか」という問題が出てきます。
これには2つの定め方があります。
(1) 当然喪失
一定の事由が発生した時点で期限の利益を喪失すると定めるものです。
行政による営業停止処分や破産手続の申立てなど、客観的にわかりやすい事由については、こちらが採用されることが多いです。
また、緊急事態で一刻も早く期限の利益を喪失させる必要がある事由についても、当然喪失が用いられます。
(2) 請求喪失
一定の事由が発生して「債権者が請求したら」期限の利益を失う方法です。
契約違反や支払能力に関する部分など外部からはわからない事由や、交渉の余地がある事由、または緊急性の低い事由などについて採用されます。
(3) 実務上の期限の利益喪失日
実務の内容によって異なりますが、例えば住宅ローンの場合、滞納を2ヶ月程度続けると期限の利益を喪失させるケースが多いです。
滞納から2ヶ月程は書面による督促が行われ、「◯月◯日までに返済しないと期限の利益を失いますよ」などの文書が通知されます。そして指定した期日になったときに「あなたは◯月◯日に期限の利益を失いました」という趣旨の文書を送付する運用が行われています。
【保証人への通知】
通知の話が出たので、保証人への情報提供義務について定められた民法第458条の3の内容をかいつまんで説明します。
債務者が期限の利益を喪失した場合、債権者はそれを知ってから2ヶ月以内に、保証人へ「債務者が期限の利益を喪失しました」と通知する必要があります。これを怠った場合、通知するまでに生じた遅延損害金を請求できません。ここで言う「保証人」には連帯保証人なども含まれます。
ただし法人が保証人の場合、この規定は適用されません。
4.期限の利益喪失条項の例文
次に、乙を債務者とした場合の文例をご紹介します。
契約の内容に適したものに書き換えてご利用ください。
第◯条(期限の利益喪失)
1 乙が次の各号のいずれかに該当した場合、乙は当然に本契約から生じる一切の債務について期限の利益を喪失し、乙は甲に対して、その時点において乙が負担する債務を直ちに一括して弁済しなければならない。
(1) 支払の停止又は破産手続開始、民事再生手続開始、会社更生手続開始もしくは特別清算手続開始の申立てがあったとき。
(2) 自ら振り出し又は引き受けた手形もしくは小切手が1度でも不渡りとなったとき、又は支払停止状態に至ったとき。
(3) 監督官庁から営業停止又は営業免許もしくは営業登録の取消等の処分を受けたとき。
(4) 差押、仮差押、仮処分、強制執行、担保権の実行としての競売、租税滞納処分その他これらに準じる手続きが開始されたとき。
(5) 住所変更の届出を怠るなど乙の責めに帰すべき事由によって甲に乙の所在が不明となったとき。2 乙が次の各号のいずれかに該当し、甲から期限の利益を喪失させる旨の通知を受けた場合、乙は本契約から生じる一切の債務について期限の利益を失い、乙は甲に対して、その時点において乙が負担する債務を直ちに一括して弁済しなければならない。
(1) 乙が債務の一部でも履行を遅滞したとき。
(2) 合併による消滅、資本の減少、営業の廃止・変更又は解散決議がなされたとき。
(3) 乙が本契約の一つにでも違反したとき。
(4) その他、支払能力の不安又は背信的行為の存在等、本契約を継続することが著しく困難な事情が生じたとき。
5.期限の利益を喪失した場合の請求方法
債務者が期限の利益を喪失した場合、そのことを通知して債権回収に当たります。
問題はどのようにして債権を回収するかですが、これは弁護士などの専門家に任せることをおすすめします。
相手が期限の利益を喪失したからと言って一括返済を請求しても、現実的には返済できないことがほとんどです。無理に返済を迫ると破産などされて、満足な弁済を受けられなくなります。
弁護士なら現実的な弁済方法を提案するなどして、うまい落としどころを見つけてくれるはずです。結果的に多くの債権を回収しやすくなります。
6.期限の利益喪失条項の追加・債権回収は弁護士へ
期限の利益喪失条項は、トラブルが起きたときに債権を回収するために必要なものです。これがないと債権回収に支障が発生します。
期限の利益喪失条項だけでなく、契約の解除条項などを盛り込む契約書にした方が良いこともあるので、できれば契約書の作成段階で弁護士に確認してもらいましょう。
期限の利益の消滅後に債権の回収に移るときも、弁護士にご依頼ください。弁護士が入るだけで債務者の態度が変わり、効果的な債権回収ができるでしょう。
債権回収で不安なことがある場合は、遠慮なく泉総合法律事務所の弁護士にご相談ください。